どうする日本!

政治家じゃなくても、日本人だから日本の将来を考えます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
よろしければClickお願いします→   ブログランキング・にほんブログ村へ

大田原市にエールを

 昨日のエントリでは「画期的」という言葉で、大田原市を形容した。それは、韓国政府からの内政干渉があったほど、内外に影響する出来事だからだ。本来ならば、一教科書が使用される事になっただけの話(国内の反発も変な話だが、外国政府がいっそうムキになっていろいろ言うんだからな・・・あり得ねぇ~www)。

 さて、その大田原市で採用になった歴史教科書。改めて、どういう書物か記すのも面倒なので、「新しい歴史教科書をつくる会」のサイトで、「改訂版」の問題視される(?)近代史の部分が読める事を紹介しておく。
 [改訂版] 新しい歴史教科書(平成18~21年度使用版)

 読んでみると判ると思うのだが、単に教科書と言うだけではなく、読み物としても実に面白い。学ぶ意欲を呼び起こす、という表現はオーバーではないだろう。また、言われる「戦争賛美」「歴史歪曲」したものなどではまったく無い。

 私が常々思うことが、この教科書の冒頭に書かれているのに感銘を受けた。
歴史を学ぶとは

 歴史を学ぶのは、過去の事実を知ることだと考えている人がおそらく多いだろう。しかし、必ずしもそうではない。歴史を学ぶのは、過去の事実について、過去の人がどう考えていたかを学ぶことなのである

  王の巨大墳墓の建設に、多数の人間が強制的にかり出された古代の事実に、現代の善悪の尺度を当てはめることは、歴史を考える立場からはあまり大きな意味がない。

 歴史を学ぶとは、今の時代の基準からみて、過去の不正や不公平を裁いたり、告発したりすることと同じではない。過去のそれぞれの時代には、それぞれの時代に特有の善悪があり、特有の幸福があった。

 歴史を学ぶのは,過去の事実を知ることでは必ずしもないと言ったが、過去の事実を厳密に、そして正確に知ることは可能ではないからでもある。何年何月何日にかくかくの事件がおこったとか、誰が死亡したとかいう事実はたしかに証明できる。それは地球上のどこにおいても妥当する客観的な事実として確定できる。けれども、そういう事実をいくら正確に知って並べても、それは年代記といって、いまだ歴史ではない。いったいかくかくの事件はなぜおこったか、誰が死亡したためにどういう影響が生じたかを考えるようになって、初めて歴史の心が動き出すのだといっていい。

 しかしそうなると、人によって、民族によって、時代によって、考え方や感じ方がそれぞれまったく異なっているので、これが事実だと簡単に一つの事実をくっきりえがき出すことは難しいということに気がつくであろう。

 ジョージ・ワシントンは、アメリカがイギリスから独立戦争(1775~1783)で独立を勝ちえたときの総司令官であり、合衆国の初代大統領であった。アメリカにとっては建国の偉人である。しかし戦争に敗れてアメリカという植民地を失ったイギリスにとっては、必ずしも偉人ではない。イギリスの歴史教科書には、今でもワシントンの名前が書かれていないものや、独立軍が反乱軍として扱われているものもある。

 歴史は民族によって、それぞれ異なって当然かもしれない。国の数だけ歴史があっても、少しも不思議ではないのかもしれない。個人によっても、時代によっても、歴史は動き、一定ではない。しかしそうなると、気持ちが落ち着かず、不安になるであろう。だが、だからこそ歴史を学ぶのだともいえる。

 歴史を固定的に、動かないもののように考えるのをやめよう。歴史に善悪を当てはめ、現在の道徳で裁く裁判の場にすることもやめよう。歴史を自由な、とらわれのない目で眺め、数多くの見方を重ねて、じっくり事実を確かめるようにしよう。

新しい歴史教科書(平成14~17年度版) 序章 より抜粋

 事実は多面的なもので、一方から見た形・模様が全てではない。角度を変えれば、違って見えるものだ。中身をまったく見る事が出来ないこともあるだろう。
 引用文中にもあるように、歴史の認識というのも同じだ。国が違えば、認識は違って当り前なのだ。まったく共通の認識などあり得る筈が無い。その違いをどう克服するかが肝心なのだが、それを相手に押し付ける事ではない。
 自国の歴史認識から、負の部分にスポットライトを当てれば、その失敗を繰り返さない思考を生み出せるだろう。正にスポットライトを当てれば、自国に誇りを持てるのだろう。

 従来の教科書では、日本の正の部分にスポットが当てられることは殆ど無かったのではないだろうか。だが、正負の両面が正直にあることで、私が使っていた教科書よりも、「新しい歴史教科書」は優れていると思える。

 私は私の子供たちが年頃になったら、この教科書を、是非、読ませてあげたいと思っている。
スポンサーサイト
よろしければClickお願いします→   ブログランキング・にほんブログ村へ

コメント

TBありがとうございます

 トラックバック、ありがとうございます。

 こんな事を言っては何ですが、私は別に大田原市教育委員会の採択について「英断」とか大袈裟に思ってはいません(笑)。ただ、歴史の見方は一方的なものではなく、いろいろな見方があっていいと思い、自分のエントリーに記したものです。
 あとは、教科書を見てどう感じるか、学ぶ側の感性と教える側の「教え方」に委ねられるでしょう。

仰る通りですね^^

検定合格した一教科書が、採用になっただけの事なんですよね。

「画期的」とか言ってみたりするのは、
訳のわからない内政干渉や、
市民団体(?)が「極右思想の教科書」とレッテルを貼ってみたり、
そういう圧力に屈していないからです。
普通の事か普通ではなかったから「画期的」とか「英断」などと形容されるのでしょう。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

 

Appeal


チベットの人達のために署名を!
China Free Campaign

ボイコット チャレンジ25キャンペーン

ランキングに参加しています
ブログランキング・にほんブログ村へ  
↑Clickお願いします↑
☆皆さんのご声援に感謝☆
 

Archives

 

ブログ内検索

 

リンク

 

あわせて読みたいブログパーツ

 

 

プロフィール

なんだよ日本

  • Author:なんだよ日本
  • 言いたい放題、言わせて頂きます。
    あなたのご意見お聞かせ下さい。
    コメント、トラックバックお待ちしています。
 
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。