どうする日本!

政治家じゃなくても、日本人だから日本の将来を考えます。

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靖国神社問題-4

▼日本の追悼方式を考える

 国立の新慰霊施設建設案が、国会内でも再浮上している。が、これには、どれだけの崇高さや理念があるのだろうか。はっきり言って疑わし過ぎるのだ。ただ単に、「中共などの隣国が何かと五月蝿いから」という観が強いし、事実、こういう状況でしか殆ど議論されない。

 歴史性、精神性、合理性の観点から、新施設の建設構想には反対と主張する。

 尤も、これから再び、国の犠牲を増やそうと考えていて、新たな殉職者も納めるのなら話は別だ。それを踏まえた新施設の建設なら税金の投入も有りだろう。
 ── 何か他人事のように言っているが、私は、新たな戦争の犠牲を望んではいない訳で、それだけ現実味を帯びた話にしたくないという事。そんなことを望む日本人は、殆ど居ないと信じたいし ──
 政教分離の原則からすれば至極当然だ。殉職者の信仰を考えれば明らかで、必ずしも靖国神社で祀られることを望まない方もいる訳だし、靖国合祀等の特定宗教を政府が強制するものであってはならない。
 国立の慰霊施設と言うのは、信仰の制約のない墓地なのだろうか。それとも、沖縄や長崎・広島の慰霊碑のようなものか。そこに埋葬されるのか名が刻まれるだけなのか。過去の戦没者の内、戦犯といわれる方と一般戦没者と選り分けるのか。
 だが、実はそんなことは、然程重要ではない。国立の施設が今から造られるとすれば、今後の殉職者の受け皿となり得るかどうかという事。ここが、国内から見ても国外から見ても、最も重要なポイントだ。
 もし、今後の受け皿としないのであれば、まったく無駄な税金投入だと言えよう。これは単に、金銭だけの問題ではなく、靖国神社に祀られる故人の生前の思いを無視し、まったく無駄にするものだ。そういう心無くして何が追悼施設だというのか。国家としての反省とはほど遠いものに映る。
 では国外からみればどうか?それは、再び日本が軍国化することを示唆(中共あたりなら顕在とでも言うだろうか)するものと、新たな疑念を生むだろう。
 ── 例えば、ニュージーランド首相の訪日発言にも垣間見られる通り、NZ人の多くは、未だに最後の大戦は100%日本に非があると思っている。これは、そこで生活したりしてみれば分かる。また、現在最も親密な関係の米国は、今でもリメンバーパールハーバーだ。
 戦争博物館などで当然自分たちを正当化しているし、学習レベルの低い層ほど、そういう善悪だけの意識が強い。未来志向で日本人に好意的であるのは間違いないが、殊、戦争についての認識は低いという事だ。──
 近隣国以外でも、日本の過去に由来する疑念ではなく、未来に対する疑念を生じさせる。中共あたりにとっては、靖国神社より遥かに「軍国化」を証明する事実にできる。より深刻な可能性を否定できない筈だ。
 

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A級戦犯の分祀は不可能

 至極まともな見解がようやく出された。今まで、宗教家から、表立って言及されなかったことが不思議なくらいなのだが・・・

A級戦犯の分祀は不可能…神社本庁が基本見解

 全国の神社約8万社の「まとめ役」である神社本庁は9日、靖国神社に合祀されている「A級戦犯」を分祀することは神道の教学上、不可能であり、小泉首相は戦没者慰霊のために靖国神社参拝を継続すべきだ、とする「基本見解」を初めて発表した。

 A級戦犯の分祀や首相の参拝中止を求める国内外の動きをけん制する狙いがあると見られる。

 基本見解は、A級戦犯の分祀論について、「祭神の分離という意味の『分祀』は神社祭祀の本義からあり得ない」と指摘し、「A級戦犯の分祀は不可能」とする靖国神社の立場への支持を表明している。そのうえで、「『分祀』の意味を誤解した議論がなされていることに深い憂慮の念を禁じ得ない」としている。
<以下省略>

(2005年6月9日23時13分 読売新聞) Yomiuri Online

 省略した部分については引用元へリンクを張ってあるのでご覧下さい。
 私としては、宗教的立場からの政治的発言はあまり感心しないので・・・これは、靖国神社自体にも思っている。政教分離が是の現在、常識的に理解して欲しい問題だ。
 政治的な部分に発言を及ばせようとするほど、「軍国主義の象徴」と反発されるだろう。日本のために命を犠牲にした先人が鎮まる場所として、どうか気高くあって欲しい。
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靖国神社参拝に疑念

靖国神社参拝に疑念示す=NZ首相が岡田民主代表に

 民主党の岡田克也代表は2日午前、都内のニュージーランド大使公邸で同国のクラーク首相と会談した。民主党側の説明によると、クラーク首相は小泉純一郎首相の靖国神社参拝について「中国との関係を犠牲にしてまで、何を国民にアピールしようとしているのか」と疑問を呈した。その上で、北朝鮮の核開発問題の解決や国連安保理常任理事国入りに関し「日中関係の緊張が足かせになっているのではないか」などと指摘した。 
(時事通信)

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靖国神社問題-3

靖国神社をめぐる問題の根本には、A級戦犯といわれる方々の「合祀」というのがある。
 ── A級戦犯といわれる方の名誉や、そもそも極東国際軍事裁判の賛否という点も論点とされるが、これは、国際社会とのつながりや、戦後の経緯からも、簡単に解決する問題では決して無いと思われる。当然、だからこそ戦後60年、現状は続いている訳だ。──
 しかし、その前に、戦後の靖国神社のあり方や「戦犯合祀」そのものを論議したり、理解しておく必要が日本人自身にあるのではないだろうか。

 国家宗教としての靖国神社から、戦後、宗教法人法の施行(1952年)により、東京都から認可を受けた宗教団体としての一宗教法人になった。また、日本の最後の戦争による戦死者は、国によって強制して合祀されている訳ではない。国が行ったのは、改正「戦傷病者戦没者遺族等援護法」と「恩給法」により戦死者を公務死として認める範囲を(軍人・軍属以外にも)広げた事と、それに伴う第一・第二復員省の作業を引き継いだ厚生省による合祀事務協力だ。昭和31年4月、厚生省引揚援護局長名の通達が出され、事実上、官民一体の合祀作業となったようだ。
 ── だが上記通達について、昭和60年11月の参院予算委員会で社会党野田哲議員の「憲法の政教分離に反する」との追及に対し、当時の厚生大臣は、この通達そのものを「不適切だった」と撤回している。
 これについては、現在の尺度としての発言だったとも、偏狭な憲法解釈に屈したものともいえるだろう。戦前や戦中に、軍人・軍属に対する国家としての約束事であり、その約束を日本政府として果したのだから、道義的な理由だとしても評価されるべきではないだろうか。そもそも、現憲法制定以前の問題なのだし、現憲法の下で解釈すべき問題なのだろうか。
 ただし、通達では三年と期限を区切っているが、実際には昭和46年まで続けられたというから、引きずり過ぎている観は否めない。──
 この厚生省引揚援護局による「祭神名票」を受け、靖国神社の判断(戦犯合祀に関しては崇敬者総代会の決議)で合祀判断されたという。その合祀者名簿が天皇陛下に渡り、最終的には天皇陛下によって「裁定」されたらしい。この辺は、創設が明治天皇の御心にあったことからも、天皇家(皇室)との所縁が色濃く滲んでいる部分だろう。だとしても、一宗教法人がその宗教観で神事を行っていることには変わりない。

 さて、最も問題とされるA級戦犯と呼ばれる方の合祀だが、国内の世間では様々な言われようだ。国外とご同様に「戦犯など言語道断だ」「天皇陛下でさえ参拝されないのに、総理大臣が参拝するのは・・・」云々。ひとまず、戦犯をどう捉えるかは置いておく事にして、この天皇陛下の参拝取止めについて考えてみよう。
 私は、単に皇室と靖国神社との確執だと考えている。このあたりについては、deadletterさんのブログ記事-「不敬」であるのは誰か?を読んでみると経緯などが分かりやすく、<「現代史の対決」:秦郁彦著>に書かれた説は非常に面白く感じる。こうした経緯を見ると、皇室の靖国神社に対する権威を考えれば、確執からの参拝取止めは想像に難くない。
 では、なぜ昭和天皇は合祀に反対なされたのか? 今となっては、その御心を知ることもできない。だが、上述のブログで紹介されている通り、陛下自身、戦時指導者、後にA級戦犯とされる人たちに対して、国の行く末を誤らせたと厳しい批判を行っていた、と<昭和天皇独白録>から窺い知る事ができるという。
 従って、天皇陛下を引き合いに出して、総理大臣の参拝を問題視するのは無意味だと言うことだ。現在の国政の長としての立場と、当時の国政と靖国神社とに責任があったお立場は、まったく別と考えるべきではないだろうか。
 つまり、戦犯と呼ばれる方の合祀は、宗教内の問題として解決すべきだとも言える。国政に向かって、分祀を論じようとするのは、明らかに間違いだろう。逆に、それが、靖国問題を分かり難くしているのだろう。

 現在、靖国神社には、2,466,532柱の戦没者が祀られているという。その内、A級戦犯といわれるのは14柱。不謹慎ながら、全体に占める比率に置き換えれば、0.000568%なのである。この数字から、A級戦犯をして靖国神社を参拝あるいは追悼に訪れる事を非難するのが、いかに心の狭い考えかを想像できる。
 A級戦犯と言われる方が祀られているだけで、靖国神社を参拝することが戦争賛美だと言えるのだろうか。もしそうだと断言するのであれば、それは0.000568%の想い(心)に過ぎない。残りの99.999432%は、純粋な戦争に対する反省と追悼の心と言い切れる。
 靖国神社を知ろうとする時、どうしても誇張して表現されるのが戦犯と言われる存在だ。代名詞のようにもなっている。だが蓋を開けてみればどうだ。この数字である。金属に喩えるなら、ほとんど不純物が含まれない純度の高い無垢だ。それほど純粋で、痛切な真心だという事だ。

 日本人同士でさえ、靖国神社を問題化して、いつまで馬鹿馬鹿しい議論を続ければ気が済むのだろうか?



※deadletterさんへ
 ブログ記事へ無断でリンクさせて頂きました。
 意図した内容と違う形でのリンクとお感じでしたらご容赦下さい。



─ シリーズ ─
靖国神社問題-1
靖国神社問題-2
・靖国神社問題-3
靖国神社問題-4
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靖国神社問題-2

 日本人にとっての靖国神社とは、どういうものか考えてみよう。お荷物とか、無くなった方が良いものなどと、罰当たりなことは決して言わないように・・・

 まず第一としては、祀られる数百万柱(神々)の家系(遺族)にとっては、紛れも無い宗教施設である。それは、今なお戦犯と呼ばれる柱の家系も然りである。
 戦友同士や家族に対し、遥か遠い戦地で倒れても日本に還り着き、靖国で再会しようと約束したり、信じていたという。そうした、生前の想いも、決して軽んじてはいけない。
 ここで、はっきりさせておきたいことは信教の自由を侵してはいけないということだ。

 第二に、日本近代化に於ける歴史の遺産だという事。大日本帝国と称し、正に死に物狂いで、国際社会での生き残りをかけた時代の遺産なのだ。
 靖国神社の由来がどのようなものであれ、現在は一宗教法人だが、同時に日本の歴史の一部なのだ。それを否定はできないし又、してもいけない。

 これが靖国神社ではないだろうか。かなり手短に書いたがそういうことだ。日本人として、靖国神社やそこへの参拝・慰霊を否定することは、どう考えても間違っている。それは、日本の歴史や行為そのものを否定し、最後の戦争での反省や平和の尊さを学んだ今を否定することではないか?

 最後の戦争で、日本が最も学んだことは、平和の尊さではないだろうか。以来、GHQの原案とはいっても、日本国憲法により、紛争解決の手段としての戦争を放棄してきた。それが戦後60年の、日本の事実なのだ。日本は十分に、その反省を行動で示しているのである。
 そうした現実を直視できない中華鍋は哀れだ。──中華思想のグツグツに煮え立った鍋(中朝韓の三国)は煮詰まっちゃっているw──自分たちの立場が上だと思っているようだが、現実が見えないのでは、何を言おうが見当違いの事でしかない。むしろ、立場的には「下」に成り下がっている。日本が望んでいるのは、あくまでも対等な立場なのだろう。はやく、中華鍋が対等に話せる国家になって欲しいものだ。
 そのためにも、日本ははっきり言うべきなのだろう。「行動で示せ」というのなら、「既に日本国憲法で示し、
忠実に実行している。」「靖国参拝を問題にするなどというのは論外だ。」とね。

 日本が最後の戦争のようなことを繰り返さないためにも、政府関係者は堂々と靖国神社を参拝し、先達の志と尊い命の犠牲に感謝と哀悼、反省と自制の念をを捧げて欲しいと、私は思う。
 こうした、日本や日本人の志を踏み躙る中華鍋の言いがかりに、断じて屈してはいけないのです。


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